父の誕生日に、登録ボタンを押した

その他

2020年の秋、父に胃癌が見つかった。

最初は心筋梗塞の通院で血液検査の結果が悪かった。
でも糖尿病もあったのに食事に気を付けていないこともあって、食事を変えてください!と様子見だった。

でも2ヶ月後の検査で異常値が出た。翌週には癌センターの予約が入れられた。
その時には胃癌のステージⅣだった。
肺と肝臓と血液に転移していると聞いた。
心筋梗塞と糖尿病もあって手術はできない。抗がん剤で大きくしないようにしながら、寿命を待つという選択だった。

それがどういうことか分からなかったけれど、治療が始まった。
最初の時に気づいたら何か変わったのかな?そんな考えも正直よぎった。
それを言葉にすることはなかったけれど、私の心には残ってる。

2020年はコロナ禍の真っ最中だった。


私は家事代行の仕事もなかったけれど、コロナが分からない中、家事代行を続けることができなかった。
自分がコロナを持ち込むことが怖かった。

通院の付き添いは1人までで、母しか行けなかった。

私は仕事柄、毎日多くの人と接していた。
もし自分がコロナをもらって父にうつしたら、という不安が常にあった。
会いに行きたくても、気軽に行けなかった。それでもできるだけ会いに行くようにした。

会う時も家の中でもマスクをしていた。
必要かどうかは分からないけれど、コロナが怖かった。

最期の旅行に行った。

亡くなる2週間前、家族で旅行に行くことができた。
父は旅行が好きだった。家族で出かけることが好きだった。

旅行はいつも車だった。
運転は父がしていたけれど、最期の旅行はほとんど私の運転で、助手席には父がいた。楽しかった。

車いすだったけれど一緒に行けた。
口の悪い父は文句ばかり言っていたけど本当に楽しかった。

2泊3日の旅行はあっという間だった。

旅行の後、実家に届くように手配したお土産を受け取りに行った。
そのときの父は本当に元気だった。父は喫煙者だった。
本当にやめたほしかったけれど、少しでも痛みを紛らすのかな?と思ったこともある。
好きなことをやめるのはストレスになるとお医者さんも言ってた。と父は豪語していた。

その日もタバコを吸いながら話をしていた。
旅行に行った時の話をした気がする。「また行きたいね」って。

それが最後に話した日になった。

その2週間後

その2週間後、父が亡くなった。
前日の夜、私は会うことができた。
最期の入院になった。その時は「会える家族には会うように」と言われた。

会いに行った。
母が付き添い出来ることになり、その準備に家に帰る間の4時間くらい父の傍にいることができた。

もう話すこともできなかった。痛みがひどくて点滴を入れてもらうことが多くて意識が朦朧としていた。
でもたまに目を開けると目が合った。気がする。
それでも父の手を握ることができた。

それだけが私の救いになった。

それから私が動くまで

その後の4ヶ月のことは、あまり覚えていない。
何も考えないようにしていたと思う。
たまに音楽を聴いて、涙が出ることがあった。なんとなく歌詞が亡くなった人を思い出させる歌詞だった。

それだけだった。

4ヶ月が経った頃、何か始めてもいい気がした。
正確には、働かないといけないという現実があった。パートだけでは足りなかった。

ずっとくらしのマーケットのことを調べていた。
でも登録する勇気がなかった。何度もページを開いては閉じた。

なぜその日に登録しようと思ったのか、はっきりとした理由はわからない。
父の誕生日が近くなって意識したのかもしれない。

そして父の誕生日にくらしのマーケットに登録した
背中を押してもらいたかったのかもしれない。

登録ボタンを押した瞬間、思った。

これで動ける。

続きは次の記事で。

コメント

タイトルとURLをコピーしました